「お兄ちゃんだってお父様と同じ」

「お母様を捨てたのよ」



昔々に聞いたお話。
お母さまから聞いたお話。
とても不思議な杖のお話。

死んだ人を生き返らせる、奇跡の杖のお話。


「君を私を冷たいと思うのだろう?」

言い捨てて衝動的に駆け出したフィーの背を見送って、ゆっくりとセティは振り返る。
大きな柱の並ぶ廊下。
その一つの影にティニーはいた。

二人の話を盗み聞きするつもりはなかった。
外へ出掛けようとしたら二人が話していて、何だか横を通り抜けにくかった。ただそれだけ。

「バルキリー継承者の私を──」

聞いて良い話ではなかった。
立ち止まるよりも立ち去るべきだった。

柱の影で罪悪感を募らせているティニーにセティは話を続ける。
この人は、ティニーがいるのを分かってフィーと話をしていた。

「──母を蘇らせることさえ出来た、この私を」

絞り出すような声でセティが言ったから、ティニーは意を決してセティに姿を見せる。
向かい合ったセティは、声よりも寂しげな顔をしていた。

「誰だって、」

声が震えた。足も。手も。心も。

「誰だって生き返らせることが出来るわけではないと、あなたの父がそう仰っていたと、私の母が」


昔々にお母さまから聞いた、死んだ人を生き返らせる不思議な杖のお話。

お母さまがその話を私にされたのは、死期が近いことを悟っていたから。


「私、杖の技術を習得しました」

ティニーは一歩前へ進み出る。
そしてセティの手を取った。

奇跡の杖を扱うことの出来る唯一の手。
それゆえに誰でも助けられるという期待を人々に向けられたこの手。

この人はきっと、誰よりも死に臆病。
様々な制約の課せられた現実を憂いている、そんなセティの心を少しでも軽くしたかった。

「だからあなたは前線で、魔道書で、私たちを守って下さい」

ティニーはセティを見据える。
瞳の奥には動揺、戸惑い。
一回の瞬きの後にそれらは消えて、そしてセティは短く礼を述べた。

その穏やかな微笑みが、今もティニーの胸をじんわりと熱くさせている。