初めには腹立たしさに似た感情があった。
過去を振り返るとき、セティは必ずそう言った。
ナンナは窓に近寄る。
春の陽気に木々はつぼみをほのかに彩らせている。
「……」
セティの常套句に普段は「私もです」と返すナンナである。
それが今日初めて口をつぐんだ。
セティは椅子から立ち、ナンナの側へと歩み寄る。
初めには腹立たしさに似た感情があった。
この言葉の全てにナンナは同意している。
母親は兄を探しに行ってしまった──知人にしか過ぎないフィンに自分を預けて。
『私もです』
そう答えるとき、ナンナの頭には常にラケシスがいた。
フィンやリーフと過ごすのは決して嫌なことではなかったけれど、それでもやはり、ラケシスを恨まずにはいられなかった。
怒りを通り越した後に残ったのは寂しさだった。
しかし今日、ここへ来て、思うことは他にあるのだと感じた。
この季節、レンスターはとっくに新緑に染まっている。
事実、ナンナが旅立った時分には春の花は散り始めているところだった。
一方でここ、シレジアはどうだ。
まだ花が咲いていないどころか、うっすらと雪が残っている箇所すらある。
まるで時を越えて過去へ来てしまったようだった。
また春が来る。
暖かさを溜め込んだ窓枠に手を掛け、ナンナは外を見つめる。
これまでと違うのは、ここにはフィンもリーフもいないことだ。
景色から窓ガラスに焦点を合わせると、曖昧な表情を浮かべたセティがこちらを見ていた。
セティが憤りを抱いていたのは彼の父親のことだった。
彼の母親が亡くなったとき、彼の父親はそこから遠く離れた場所にいた。
それだけではない。
彼の父親はずっと自分の子供を放って、他人の子供を育てていた。
彼の父親はフィンだった。
元々は自分を品定めするために自分に近付いたのだろうとナンナは思う。
実の子を捨ててまで育てるのに相応しいか否か。
彼にとってはフィンの忠義など関係なく、ただナンナがフィンに育てられたことのみが重要だった。
それがナンナの境遇を知ってから、セティは同情的になった。
そして育ての親が彼の父ということに複雑な思いはあったものの、大体のところナンナもセティに同情するようになっていったのだった。
「初めには腹立たしさに似た感情があった」
確認するようにセティがまた言った。
ナンナはゆっくりと目を伏せる。
(違うでしょう?あなたは今でも腹立たしいと思っている)
世界に平和が訪れた後、セティの嫁になると告げるために、ナンナはレンスターを訪れた。
春の花の香る庭で、リーフはナンナに「幸せになってね」と言った。
フィンは「そうか」という一言を残し、ナンナがレンスターを発つまでずっと執務室にこもりっきりだった。
「……私もです」
目を開く。広がる風景の色数は少ない。
ナンナの言葉を聞いてセティは一応満足した様子だったが、しかしいつものようにそこから話を膨らませることはしなかった。
今日こそ本当に腹立たしさを過去のものにするつもりだったのだろう。
ナンナがシレジアへ来れば、フィンもシレジアへ来る。
きっとそういう算段を立てていたのだ。
風が窓を叩く。
その冷たさにナンナは暖炉へ足を向ける。
まだ春は遠い。