ラクチェからの問いかけにティニーはうまく答えられなかった。 だって「あなたは私を恨むかしら」だなんて。 「私もう行かなきゃ。シャナン様を待たせては行けないから」 ラクチェはティニーに背を向ける。 そして行ってしまう。 イザークへ。 遥か遠い異国の地へ。 (恨むならば) 恨むならばきっとラクチェだけを恨まない。 解放軍と敵対した従兄弟達は解放軍に殺された。 イシュタルも、イシュトーも。 (恨むならば、他の人も恨まなくてはいけない) ティニーはぎゅっと目をつむる。 ラクチェは殺したのではない。 ラクチェは選んでくれたのだ。 両方死ぬべきだった運命から、片方を救ってくれたのだ。 おまじないみたいに何度も何度も心で言い聞かせる。 ヨハンの声がする。 ティニーに素敵な詩を聞かせてくれたヨハン。 運命の女神が現れたと言って明るく笑ったヨハン。 世界は薔薇色だと歌ったヨハン。 そしてティニーの頭を親愛の手で撫でてくれた。 優しい従兄はもういない。 ヨハルヴァの声が遠くから聞こえた。 ティニーを呼んでいる。 どうやら彼はもうドズルへ向けて発つらしい。 兄と従兄に、挨拶をしなければ。 『あなたは私を恨むかしら』 もしかしたらラクチェは自分が従兄と結ばれたことに対してティニーの意見を聞きたかったのかもしれない。 (恨んでも良いのならば恨みます) だけどラクチェは恨まれたくないからティニーの元へやって来た。 だからティニーは恨まない。 恨むならば他の人も恨まなくてはいけないし、世界すらも恨まなければいけなくなる。 つま先にあたった小石が跳ねた。 急いでいたティニーは気が付かなかった。